長編小説「おこもり奇譚」– category –
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#07 ジャンプ・オア・フライ – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
結論から言えば、職員室は空振りだった。ユキの鼻の精度は前もって確認している。入り口から中を覗いた段階で何も匂いを感じなかったとしたら、そういうことだ。ここに、ユキの母親はいない。正直、大本命だった場所が不発に終わったことで、俺は一気に出鼻をくじかれた。鼻に頼っただけに。 -
#06 捜索開始 – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
「いってらっしゃいッス! デー……あっ、デートとかでは決してないんスけどデートみたいなカンジのやつを楽しんできてくださいッス!」「遅くならないうちに帰ってきてくだせぇ。腕によりをかけて夕飯を用意しておきやすから、スーさんも一緒に」 -
#05 明日、デートするぞ – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
「ユキちゃああん、スーくうううん、おかえりなさいッス! あ~あ~あ~、よかったッス!!」元砂糖問屋を改装した旅館こしあんの風情ある引き戸は、俺たちが辿り着いたときには既に開け放たれていた。ユキと二人でこっそり中を覗くと、奥から両手をめいっぱい広げたノルさんが歓喜の声を上げながら突進してくる。 -
#04 また、しんじゃったんだって – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
おかあさんの、においがした。おひさまのような、おはなのような、ほんのりあまくて、やわらかいにおい。ずっとまえになくしてしまった、あるはずのないにおい。だから、はしった。にほんのあしはおそすぎるから、よんほんのあしではしった。あたまのなかと、まわりのけしきが、まっしろなまま、はしった。 -
#03 おかあさんの、におい – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
半分寝ているユキの手を引きながら、ようやく倉敷川を臨むメインストリートまでやってきた。昼間は観光客を乗せて大活躍している川舟の姿はなく、柳並木の影と街灯の淡い光が水面で静かに揺れている。初夏とは思えないほど涼しい風が、どこかの店先の香ばしい匂いを運んでくるが、既に極上の料理で存分に胃袋を満たしている俺に、その誘いは通じない。 -
#02 狐し庵は、今日も騒がしい – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
「皆さん、お疲れさまッス! いや~、今日もいい労働をしたッスね!」この日の最後の客を満面の笑顔で送り出すと、ノルさんは和帽子をすぽんと外し、その勢いで大きく伸びをした。長めの金髪の隙間から覗く尖り気味の耳は、今日も数えきれないほどのピアスに噛みつかれている。 -
#01 フリーダムでマイペースなオコジョのような茶色いキツネ – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
担任への挨拶をトリガーとして、本日も滞りなく放課後が始まった。あふれる解放感。わき立つ喧噪。それらに背中を押されるように、クラスメイトたちが立ちどころに廊下へと流れ出す。俺もひとり、はやる気持ちを抑えながら、何食わぬ顔でその中に混ざり込んだ。大多数の生徒が正面玄関へと向かい、それ以外の生徒が数人単位の塊となって壁際に散在していく中。俺はといえば――。 -
おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)
人間の友達がいないのは狐守の家系だからだと、筒井数は思っている。今日も今日とて、いつの間にか水筒から逃げ出していたキツネ――キューちゃんを探して、学校中を駆け回る日々だ。1年5組の変人。周りからは、そう揶揄されて嗤われてもいる。在里颯真という、別クラスの爽やかイケメンを除いて。
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