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森原ヘキイ
小説家志望
2020年から本格的に創作活動を始め、現在までに長編現代ファンタジー3作を含めた計約30万字を執筆。

今はとにかくインプット重視のため、あらゆる分野の書籍や映画に触れて新しい知識を増やすことを最優先にしています。その過程で得た「発見」を自分なりに変換して、文章やレビューなどで皆さんに楽しく「発信」できたらうれしいです。
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「魔王と勇者のカスガイくん」連載中 ➡ アルファポリス

#05 明日、デートするぞ – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)

前の話  # 04 また、しんじゃったんだって

「ユキちゃああん、スーくうううん、おかえりなさいッス! あ~あ~あ~、よかったッス!!」

 元砂糖問屋を改装した旅館こしあんの風情ある引き戸は、俺たちが辿り着いたときには既に開け放たれていた。ユキと二人でこっそり中を覗くと、奥から両手をめいっぱい広げたノルさんが歓喜の声を上げながら突進してくる。当然のように俺は反射で避けたが、ユキはといえば大人しくキューちゃんごと抱き潰されながら「ごめんなさい」と、もごもごしながら謝った。

「スーくんと一緒なら安心だとは思ってたんスけどね! 万が一、そうじゃなかったらって考えたら血の気が引いたッス!」
「旦那が不在のときに、お嬢に何かあったら、あたしらはお詫びに指を詰めなきゃなんねぇすからね」
「うひ!」

 極道じみた物騒な台詞を、低音ボイスで吐息のようにささやかれてしまったら、一般ピープルの俺なんぞは恐怖に凍り付くしかない。
 慌てて振り返れば、そこには予想どおりの姿があった。厨房の中では鉢巻きに覆われている短い銀髪が、橙色の街灯を混ぜた不思議な色合いで輝く。なぜか夜でもサングラスをかけた作務衣の男性は、まぎれもなく狐し庵のキッチンを担うひとで、先程はそれはそれはおいしいまかないを作ってくれた。

「ゲンさん……それ、やめてくださいっていつも言ってるんですけどっ、怖いから!」
「はっはっは。いや、すいやせん。スーさんの反応がおもしろくて、つい」

 無駄にいい声で笑いながら、俺の肩を長い指でとんとんと叩く。「入り口で固まっているのもなんなんで、中にお入りなせぇ」と、そのまま背中をぐいぐい押されて半ば強制的に連れ込まれた。

 もう何度も訪れているが、その度に圧倒されてしまう。一介の高校生が足を踏み入れるには二十年は早い、あまりにも格式の高すぎる旅館だ。
 土間とエントランスロビーを兼ねた空間に四人が入っても、まだ果てしないほどの余裕がある。随所に絶妙に配置された調度品は、素人目に見ても相当な値打ち物だとわかるので、絶対に――たとえユキが無造作にぺたぺた触ろうとも、ゲンさんに「何を壊したところで誰も構いやしやせん」と言われていても、俺は絶対に触らないと決めていた。
 昔はごくごく普通の人間の客を泊めていたこともあると聞いたが、今は狐し庵のスタッフと、キツネの関係者くらいしか立ち寄らない。そんな厳かで静謐な空間の中、ゲンさんの低い声が響く。

「さあ、お嬢。お風呂に入って、今日はもうゆっくりお休みなせぇ」
「……ん」

 心配をかけてしまったという申し訳なさか、あるいはやはり、先程の話を気にしているのか。すっかり沈み込んでしまっているユキは、頭を重そうに振りながら俺を探し、目の前までゆっくりとやってきた。

「キューちゃん、ありがとう」
「……おう」

 名残を惜しむように、最後にぎゅっと強く抱き締めたキューちゃんを、俺に向けて優しく掲げる。ユキの言っていた、お母さんの匂いとやらが少し気になり、受け取ったキューちゃんの腹の辺りを嗅いでみるが、特に何も引っかからない。きゅ、と嬉しそうにするキツネにいらっとしたので、そのまま額をぐりぐりと押し付けてから、頭の上に追いやった。

「スーちゃんも、ありがとね」
「……」

 礼を言われる覚えのない俺に、精一杯の笑顔を残して、ユキはゆっくり踵を返した。そうして、ゲンさんに付き添われながら、自分の部屋へと向かっていく。こちらを振り返る素振りなど、全く見せずに。
 ――いいのか?
 このままでいいのか?
 何も言わないで。何もしないで。
 俺は本当に、それでいいのか?

「なんスかなんスかなんなんスか! こんな時間まで、二人でデートでもしてたんスか! は~、若いっていいッスね!」
「酔っ払った親戚のおじさんですか。そんなポップでライトな話じゃない――」

 だるい絡み方をしてきたノルさんを、適当にあしらおうとしたところで。
 ――はたと、気付く。

「ユキ」

 呼びかけた相手の足が、止まった。
 ゲンさんと一緒に首だけ振り向いたユキが、俺を見て目を瞬く。
 今の俺はどんな顔をしてるんだ。
 生まれてから一度も言ったことがない台詞を、これから口にしようとするときの人間は、一体どんな顔をするんだ。
 この状況で、そんな呑気な発想が出てくる自分がおかしくて、笑えた。

「明日、デートするぞ」
「え?」
「ひゃッス!」

 いや、なんであんたのほうが女の子みたいな声を出してるんですか、ノルさん。視界の隅で、はわわわわとか言いながら口元に握り拳を当てるのもやめろ、気が散る。

「でででででーとってでーとッスか!? あのデートッスか!?」
「ノルさんが六秒くらい前に言ってた、そのデートですよ。っつーか、自分で言い出したくせに、なんでそんなに動揺してるんですか」
「だってぇ! ホントにそうだとは思ってなかったッスから! え、やだぁ、ちょっ、えっ、ほんとにぃ?」

 女子高生みたいにはしゃぐ大学生のことは、ひとまず意識の外に追いやるとして、俺はただ、じっとユキの反応を窺う。
 当たり前だが、これは額面通りの誘いじゃない。ユキは俺の意図に、まだ気付いていないのだろう。小首を傾げながら、こちらの様子を確認している。

「デートって、どこにいくの?」
「そりゃ、カフェとか美術館とか、この辺りには楽しめる所がたくさんあるだろ。あとは……崖の上とか学校とかトンネルとか樹海とか」
「!」

 この台詞で、おそらくユキは理解した。大きな目を真ん丸に見開いて、穴が開きそうなほど強く俺を見つめてくる。
 およそデートスポットには成り得ない行先の羅列に潜ませた、キューちゃんがユキの母親の匂いをつけてきた可能性がある唯一の場所。本命は、それだ。そして目的も、そこにある。

「く~! 異性交遊に不慣れな男子高校生感が出てて初々しいッスね、スーくん! ここら辺なら他にもいいとこいっぱいあるッスよ? 岡山駅周辺なら岡山城とか池田動物園とかどうッスか? ホワイトタイガーのサンちゃんがめちゃくちゃ可愛いんス!」

 ちくしょー、楽しそうッス! 羨ましいッス! と、なぜかひとりで盛り上がってひとりでぶち切れているノルさんは、放っておく。

「お前が行きたくないなら、行かない」
「……」
「俺は、どっちでもいい」
「行ってくればいいッス! 明日はお店もお休みだし、たまにはユキちゃんも外で思いっきり遊んでくるべきッスよ! ね、ゲンさん!」

 視線を床に落として沈黙を続けるユキを見守っていたゲンさんが、ノルさんの言葉を受けて俺のいる方向へ顔を巡らせた。サングラスの黒いレンズが邪魔をしていて見えないが、その目はひょっとしたらユキを困らせている俺を咎めているのかもしれない。
 少なくとも、これがデートの申し込みではないということを、ゲンさんには見抜かれている気がする。主君に忠実なゲンさんに、ユキの母親を捜索することがバレれば、ほぼ確実にシキさんに伝わってしまうだろう。ひやりと、冷たい何かが這うような感覚に、背筋が震えた。
 この場での誘いは、危険な賭けだったか? 俺の言動は浅はかだったか?
 ――それでも。

「いく」

 最初は、誰の声かわからなかった。
 それほどに、決意の込もった一言だった。
 この二音に乗せられた重みを、俺は受け止めなければいけない。「ひょえッス!」とかいう奇声もすぐ近くで上がったような気がするが、そっちのほうは聞こえないふりをする。っつーか、マジでうるさいなこのひと。

「ちゃんとおめかししとけよ。明日の朝、迎えに来る」
「うん!」

 可動域の一番上から一番下まで使う勢いで首を縦に振り、再び俺を見上げたユキの顔は明るい。柔らかな光を受けて輝く瞳が、力強い。大丈夫だ。これなら。
 くるりと軽やかにターンを決め、元気に駆け出すユキの後ろ姿を見送ってから、俺は色々な思いをごちゃ混ぜにした、深くて長い息を吐き出した。

「スーくん積極的ッス! かっこいいッス!」
「……どーも。そういう訳なんで、よろしくお願いします。お疲れ様でした」
「送っていきますぜ、スーさん。もう夜も遅い」
「いや、大丈夫です。バスもまだあるし……なんというか、ちょっと歩きたいんで」
「そうッスよね! デートのお誘いなんて、スーくんの人生において一度でもあるかどうかわからないような大偉業を成し遂げたあとッスもんね! ひとりになって頭とか冷やしたいッスよね! わかるッス!」
「さりげない罵倒やめてください」

 一気に増した疲労感を背負って旅館を出ようと振り返れば、その反動で頭の上からキューちゃんが滑り落ちてきた。やけに静かだと思ったら寝てたのか、こいつは。
 割といつものことなので、難なくキャッチして、そのまま水筒の中に詰め込んでおく。

「……あ、そうだ」

 どうやら見送ってくれるらしい二人のキツネに向けて、俺は駄目押しの釘刺しに取り掛かる。

「シキさんには内緒にしててください。大事な愛娘が、どこぞの馬の骨の狐守なんかとデートしてるなんて知られたら、大変なことになるんで」
「言わないッス! ぜええええぇっっったい言わないッス! というか怖くて言えないッス! オレっちは若い二人の味方ッスよ! ゲンさんも!」
「――えぇ、そうですね」

 何かを含んだようなゲンさんの台詞と視線が気になるが、この場で追求されないのなら、それでいい。明日の一日だけでも自由に動ける時間が確保できるなら、それ以外のことはそのときに考えるだけだ。
 降って湧いたようなポジティブ思考に笑いながら、俺は旅館こしあんを後にする。ほんの少しだけ、身体が軽くなったような気がした。

  

 美観地区を抜けると、途端に日常の風景が戻ってきた。音が、光が、色が、匂いが、グラデーションのように彩度を落としながら切り替わっていく。暗く静かなバス停への道すがら、俺は今までのことと、これからのことについて考える。
 勢いでユキの母親を探すことになってしまったが、ほぼユキの嗅覚くらいしか当てがない。そして、シキさんは遅くとも、あさっての夜には帰ってくるだろう。その間に、せめてユキの鼻を頼りにしなくてもよくなるほどの大きな手がかりを掴みたい。
 狐し庵のスタッフからシキさんへの口止めはできた。何かを察したらしいゲンさんには不安が残るが、とりあえずは大丈夫だと信じてみる。
 ほかに、シキさんへ情報が漏れる可能性があるとすれば――。

「あ」

 誰もいない停留所に辿り着いたタイミングで、とある人物を思い出した俺は、慌てて携帯を取り出した。レインを立ち上げた瞬間、まさにその相手から通知が来る。

『やあ!』

 デフォルメされたキツネが、そう言って元気よく前脚を上げているスタンプが表示される。送信者名――クーちゃん。

『やっぱり見てたんですか』
『うん!』

 この世の中で起きていることのほとんどを知っているらしい、カミサマに近い存在のキツネ――空狐くうこのクーちゃんには、俺の行動などお見通しらしい。キツネがこっくりと頷くスタンプが、コンマ一秒で表示される。

『ユキの母親を探すってこと』
『シキさんには言ってないですよね』
『ないよ!』
『エライ?』

 顔の前で罰印をつくるキツネのスタンプが返ってきたことに、とりあえず安堵する。どうやらクーちゃんは、俺たちの行動を静観してくれるつもりでいるらしい。大きな目をうるうるさせながら首を傾げている二つ目のスタンプに、とりあえずの感謝を込めて『エライです』と返せば、すぐに大喜びで踊るキツネのイラストが表示された。

『ユキのお母さんは、本当に生きてるんですか?』

 特に答えを期待しているわけではなかったが、クーちゃんと繋がっている今、ものは試しと聞いてみる。案の定『どうかな?』という、ふわっとした返答で流されてしまった。

『ユキがお母さんに会ったっていう場所は?』
『わかんない!』

 いや、わかんない訳ないだろ。教える気がないだけだろ。
 何か少しでもヒントが得られればと思ったが、どうやらこの空狐は真面目に答える気はないらしい。はあっと深く溜息をついたところで、新しく通知が届く。

『あきらめないで!』
「うるせー!」

 完全におちょくってきてる相手にイラッとしながらも、なけなしの根気を振り絞ってもう少しだけ頑張ってみる。

『ユキが行ったお墓は?』
『足高公園墓地』
「お」

 思わず声が漏れた。この問いには、ちゃんと答えてくれるらしい。珍しく、スタンプではなく文字できちんと地名が綴られていた。見覚えはなかったので、記憶するために、じっとその形を見つめる。

『ファイト!』

 すぐに、二本足で立ったキツネがチアリーダーのようにボンボンを振り回しているスタンプが届く。
 そうか、いつもふざけているように見えるが、ちゃんとこいつも応援してくれてるのか。腹を立てたことに若干の罪悪感を覚えながら、動画のように動き続けているそのキツネをしみじみと眺める。キツネは踊りながらくるくる回ると、最終的に俺にお尻を振って舌を出した。

「やっぱからかってるな、お前!」
『キャー!』

 思わず携帯の画面に怒りをぶちまけた俺は、慌てて辺りを見回した。幸いと言うべきか、相変わらず|人気《ひとけ》はない。そして、バスも来ない。

『もうちょっと!』
『あそんで!』
『こたえるよ!』

 こいつは一体何種類のスタンプを使い分けてるんだ。次々と送られてくる、全く違うキツネたちを眺めながら、どうでもいい感想が頭に浮かぶ。しばらく考えてから、ずっと頭の片隅にあった疑問を入力した。

『もしもユキのお母さんに会えたとして』
『ユキのことはわかるんですか?』

 二人目……という言い方は、少し語弊があるか。ユキを産んだ本当の母親の、おそらくは生まれ変わりである女性。ユキが桜並木で見掛けたというその女性と、結局ユキは会うことができなかった。だから、わからない。
 前世の記憶なんてものが存在するのか?
 魂が同じでも、そこに記憶がなければ、それは全くの別人になるんじゃないか?
 自分のことを覚えていない母親とユキを会わせることは、会わせないよりもよっぽど酷なことじゃないのか?

『きみは』

 空狐の答えは、文字だった。
 スタンプではないという事実に、思わず身が引き締まる。携帯を握る手に、自然と力が込もる。

『どうしたい?』

 どう思う。ではなく。どうしたい。
 ――どうしたい? そんなの決まってる。
 ユキが母親を探しに行くと言った。なら、会わせてやる。それだけだ。
 ふと顔を上げた先に、ようやくやって来たバスのヘッドライトが見えた。

次の話
# 06 捜索開始

このシリーズは…

狐守の男子高校生と人の姿をとる不思議なキツネたちが織り成す、新感覚あやかしファンタジー!

小説投稿サイトでも全文公開中

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もくじ