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森原ヘキイ
小説家志望
2020年から本格的に創作活動を始め、現在までに長編現代ファンタジー3作を含めた計約30万字を執筆。

今はとにかくインプット重視のため、あらゆる分野の書籍や映画に触れて新しい知識を増やすことを最優先にしています。その過程で得た「発見」を自分なりに変換して、文章やレビューなどで皆さんに楽しく「発信」できたらうれしいです。
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「魔王と勇者のカスガイくん」連載中 ➡ アルファポリス

#06 捜索開始 – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)

前の話  # 05 明日、デートするぞ 

「いってらっしゃいッス! デー……あっ、デートとかでは決してないんスけどデートみたいなカンジのやつを楽しんできてくださいッス!」
「遅くならないうちに帰ってきてくだせぇ。腕によりをかけて夕飯を用意しておきやすから、スーさんも一緒に」

 歴史と風格のある旅館の前で、ピアスまみれの派手な金髪と、凄みのあるサングラスの銀髪が並んで立っている光景は、控えめに言ってめちゃくちゃ目立つ。その二人組に応援されるように送り出された俺とユキも言わずもがな。周辺の店員や観光客の注目を一秒でも早く振り切ろうと、俺は小さな手を強く引きながら光の速さで歩き去った。

 川沿いの果てにある門を出て直角に折れたところで、ようやく一息つく。捜索前から疲労状態の俺を「だいじょうぶ?」とユキが覗き込んできた。

「……また随分とめかし込んできたな、お前は」
「だって、デートなんでしょ? ゲンさんが、おしゃれしていきなさいって」

 長い髪をおさげに結っているのはいつものことだが、今日は更にワンランク手間をかけている。ひとつにまとめてアップにしているせいか、ユキが少しだけ大人びて見えた。まあ、実際、中身は俺の何倍も年上な訳だが。

「それに、もしおかあさんにあえたら、かわいいユキをみてほしい」
「……」

 何も答えられない俺の目の前で、ユキが白いサンダルの爪先だけを軸に踊るように回る。フリルのついたブラウスとショートパンツという動きやすい服装は、そんなユキの予測不可能なアクションにも十分に耐えてくれそうだ。

「ね、スーちゃん。ユキかわいい?」
「あー、かわいーかわいー」
「えへへ」

 俺のおざなりな返答も前向きに受け入れる素直さは、とある人物を彷彿とさせるんだが――誰だったか。
 しかし、ご満悦なユキには悪いが、その姿を人目に晒す機会はほとんどないに違いない。なぜなら。

「ほら、入れ」
「うん」

 辺りに誰もいないことを確認すると、俺は背中のデイパックを下ろす。ふわりと、溶けるように白いキツネの姿になったユキは、当たり前のようにその中に飛び込んだ。ついでに、一応デートという名目上、ノルさんとゲンさんへのカムフラージュのためにと着用していた上着を脱いで一緒に突っ込んでおく。身軽な制服姿になった俺は、少し顔が覗けるスペースを残してチャックを閉めてから、再びデイパックを背負った。

「ふたりででかけることを、デートっていうんだよね」

 バス停へと向かう道中、目的地についてからの行動を模索していた俺は、そんな背中からの声に最初は気が付かなかった。ん? と聞き返すと、何やらもぞもぞと動く気配がする。

「おとうさんとおかあさんも、よくデートしてたよ」

 隙間から鼻先だけを突き出したユキが、どこか懐かしむように言う。その言葉の響きが明るいことに、安堵している自分がいた。

「なんかそれ、あんまりイメージできねぇ。シキさんってずっと引きこもってるだろ? 俺はそれこそ数えるほどしか会ったことがないが……その……」

 獅子のたてがみのような長い黒髪。着物越しでもわかる、細く引き締まった体躯。全身から滲み出る威圧感。鋭すぎる眼光。天狐という、キツネの中でもほんの一握りしかいない存在。
 超然とした振る舞いが目立つからだろうか。孤高という言葉が、あまりにもしっくりくる。

「そういうふうには見えない」
「……うん」

 とてもじゃないが、人間の女性と仲睦まじく寄り添う姿など想像できない。血のつながった娘がいるという純然たる事実にさえ、俺は未だに懐疑的だった。

「いまのおとうさんは、そう。だれにもわらわない。ユキにも、わらってくれない」

 すんと、ひとつ鼻を鳴らしてユキが呟く。

「おかあさんがしんじゃってから」

 それはつまり、百年よりも、ずっと前から。

「おとうさん、わらわなくなっちゃった」

  

 岡山県立倉敷天ヶ瀬高等学校に通い始めて三か月は経つが、わかったことがある。

 ――とにかく、デカい。

 三号館まである校舎のほかに、体育館が二つ、グラウンドが三つ。食堂とラウンジを備えた多目的会館やら登録有形文化財に指定された武道場、エコ広場なんてものまである。
 甲子園球場よりも広大な敷地をしらみつぶしに探索するという恐ろしい事実に軽く眩暈を覚えた俺は、正面玄関の前で早くも回れ右をしかける。が、デイパックが錨となり、その場でぐっと足を踏ん張った。

 土曜日の午前中に学校に来るという習慣がない俺でも、この時間にいる人間のほとんどが部活動のために来ているということはわかる。生徒を探すなら、部室棟や体育館、グラウンドなんかを当たるべきだが――。

「まずは、職員室から調べる」
「しょくいんしつ?」
「勉強を教えてくれる人たちがいるところだ」
「ゲンさんみたいなひとがいっぱいいるの?」
「それは……ビジュアルで考えるとどっかの怖い事務所みたいになるから中身だけに限って言うと、まあ、そうだな」
「ほえー」

 バスの中では大人しくしていたユキも、身内の名前が出てきたことで、ようやく緊張がとけたようだ。物珍しそうに辺りを見回しては、驚きの声を上げている。

 ユキが、十五年前に桜の下で見た女性。その人がユキの母親――正確に言えば、ユキを実際に産んだ本当の母親の生まれ変わりなのは、おそらく間違いない。その女性が亡くなったと、シキさんが嘘をついたと仮定するとして。ユキの母親が今も生きているなら、だいたい年齢は四十代以降。

 更に、キューちゃんが俺から離れて動ける距離はそんなに遠くない。俺が学校にいる間に行ける距離は限られている。そうなると、ユキの母親とは学校内で接触したものと考えるのが自然だ。それくらいの年代の学校関係者となると、教職員しか思いつかない。きょうは土曜日で、すべての職員が出勤している訳ではないのが悔やまれるが、まあ仕方ない。

 まずは、一号館にある職員室を目指す。その次が二号館、第一体育館、武道場……当然、部活動の顧問も捜索対象の大人に含まれているので、頭の中で練習場所を効率的に巡るルートをシミュレートする。帰宅部の一年生であるにも関わらず、学校内の大体の構造と道筋を把握できているのは、常日頃からキューちゃんを探して走り回っているお陰だろうか。

「いや、お陰ってなんだお陰って。こちとら多大に迷惑してるんだっての」
「きゅ?」

 危うく狐守の家系に生まれたことを受け入れるところだった。危ない危ない。それはない。絶対に。
 いつの間にか当たり前のように水筒を抜け出し、堂々と俺の肩に乗って間抜けな声を上げているキューちゃんの頭を指で小刻みに七回くらい連打して――さて。

「行くぞ、ユキ」
「うん!」

 時刻は、十時二十ハ分。
 場所は、正面玄関前。

 ――これより、捜索開始。

次の話
# 07 ジャンプ・オア・フライ

このシリーズは…

狐守の男子高校生と人の姿をとる不思議なキツネたちが織り成す、新感覚あやかしファンタジー!

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