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森原ヘキイ
小説家志望
2020年から本格的に創作活動を始め、現在までに長編現代ファンタジー3作を含めた計約30万字を執筆。

今はとにかくインプット重視のため、あらゆる分野の書籍や映画に触れて新しい知識を増やすことを最優先にしています。その過程で得た「発見」を自分なりに変換して、文章やレビューなどで皆さんに楽しく「発信」できたらうれしいです。
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#07 ジャンプ・オア・フライ – おこもり奇譚(長編小説 / 現代ファンタジー)

前の話  # 06 捜索開始

 結論から言えば、職員室は空振りだった。
 ユキの鼻の精度は前もって確認している。入り口から中を覗いた段階で何も匂いを感じなかったとしたら、そういうことだ。ここに、ユキの母親はいない。

 正直、大本命だった場所が不発に終わったことで、俺は一気に出鼻をくじかれた。鼻に頼っただけに。
 肩と、ついでに溜息のひとつも落としたかったが、ユキの前でそれはできない。平静を装い「簡単に見つかってもつまらないだろ」などと本心と真逆の台詞を吐きながら、すぐに次の場所へと移動する。

 そうして、2号館にある美術室の前を通りかかったときだ。
 廊下側の窓越しに、イーゼルと向き合う数名の部員が見える。美術部の顧問は男だと、前にどこかで耳にしていたことがあったので、ここは最初から素通りすると決めてかかっていた。――が。

 ふと、足が止まった。

「……あれは」
「スーちゃん?」

 美術部員の輪から少し離れた位置に、雑然と並ぶ机。その上に置かれていたシンプルな銀縁のフォトフレームに、なぜか視線が吸い寄せられた。
 窓から差し込む光の反射で、はっきりとは見えないが、あの写真はひょっとして……。

「な、な、なにか、ご、ご用です、か?」
「うわっ」
「きゅ!」

 岡山では急に背後から話しかける遊びでも流行ってんのか!
 ゲンさんでそれなりに耐性がついている俺でも、考え事をしている最中に後ろからボソボソと声を掛けられれば、キューちゃんと一緒に悲鳴を上げてしまうのも仕方がない。
 おそらくは、美術部員だろう。振り向けば、見事な猫背と長い前髪が特徴的な男子生徒がそこにいた。

「あ、ご、ごめんなさい、その、び、びっくりさせるつもりは、なかっ、なかったんです、けどっ」
「いや、俺が過剰に驚いただけだ……です」

 一年の俺が敬語を使うべき相手なのかどうかが真っ先に気になったが、ぱっと見ではよくわからなかったので、無難に上級生向けの対応をしておく。目上には礼節を弁えろと、両親から口を酸っぱくして教えられた名残のような習慣だ。

「えっと、だ、誰かに、ご用なら、ボク、取り次ぎます、けど……」
「あ、いや、その」

 インドアな見かけによらず、意外にも社交的だった。やっぱり、人は外側だけで判断してはいけない。
 ありがたい申し出ではあったが、美術室それ自体に用はない。ユキの母親探しという目的を優先するなら、さっさとここから移動してしまうべきだと分かっているが――。

「……あそこにある写真。あれって、一年の在里ですか?」

 気が付けば、例のフォトフレームを指差しながら尋ねている俺がいた。

 走り高跳びのバーを背に、しなるように宙を舞う姿。部活中の在里を見たことは一度もなかったが、おそらく俺の知っているあいつで間違いない。

 なぜ、美術部に在里の写真が飾られてるんだという疑問が、ひとつ。
 それと、もうひとつ。説明できない違和感を覚える。――何だ? 何が気になる?

「あの写真に興味があるんですか!?」
「え? あ、いや、興味というか――って、おわっ!?」

 むんずと、急に強い力で腕を捕まれた俺は、そのまま男子生徒によって強制的に美術室内に連行された。部員たちの視線が一斉にこちらに注がれるが、注ぐだけ注いでおいて特に誰も何も言ってこない。
 いや、この場合は遠慮してほしくないんですけど。むしろ積極的にこの人の暴挙を諫めてほしいんですけどっ!
 元凶の男子生徒はといえば、そんな部員たちの冷たい視線など何処吹く風で、くだんの写真を大事そうに掲げて俺に見せつけてきた。

「この写真、ボクが撮ったんですよっ! あ、そうです、陸上競技部で走り高跳びをやっている一年生の在里颯真くんなんですけど、お友達ですか!? ボク、スポーツに打ち込んでいる人の絵を描くのが好きなので、よく運動部の人たちを写真に撮らせてもらってるんですよねっ、これはその中でも特にお気に入りなのでこうやって飾らせてもらってるんですけど、そのうち――」
「すみませんっ、ちょっと失礼!」
「あっ」

 さっきのおどおどしていた人物は、一体どこに行ったんだ。
 別人のようにテンションを上げて力説してきた男子生徒の話を遮ると、俺は目の前にぶら下げられていたフォトフレームをひょいっと取り上げた。

「これ、写真なんですよね?」
「はい! 本人の許可をとらず、こっそり撮影しました!」

 なぜか堂々と盗撮宣言をされてしまったが、面倒だから今はスルーさせてほしい。

「いや、でも、これ……なんかおかしくないですか?」
「あ、さすがに気付いちゃいました?」

 ふふふふふふと、怪談話の語り部のような不気味な笑いをひとつ挟み、たっぷりと勿体ぶってから、男子生徒は続ける。

「そうなんです。跳びすぎ・・・・なんです」

 そう。あまり詳しくはないが、走り高跳びといえば、跳び越えたバーの高さを競う競技だ。テレビでたまに見掛けるときは、どの選手も常にバーに接触するかしないかのギリギリで跳んでいた覚えがある。

 けれど、この写真は――跳びすぎ・・・・だった。在里の背が、バーの遙か上空にある。縦長の写真の端から端までをフルに使って撮られた構図は、明らかにバランスが悪く、異常だった。

「ひどいんですよ! 誰に見せても合成だって言われるんです! もしくは、バーの位置がめちゃくちゃ低かったんだろうって! そんなことないんですよっ、在里くんはずっと自分の限界のバーで跳んでいたんです! ボク、ずっと見てましたから! 部活が終わっても、ひとりで残って練習してる姿を、ずぅっと撮り続けてましたっ!」

 盗撮疑惑だけではなく、ストーカーの可能性まで浮上してきたが、やっぱり今はスルーする。ひとりで自主練習に励むほど部活に打ち込んでいるというのが、何事にも一生懸命な在里らしい。

「ずっと練習していた、その日の最後の一回。それが、この写真です」
「……その話が本当なら、これって」
「本当ですって! ――はい、世界記録どころの話じゃないです」

 ただでさえ猫背な姿勢を一段と低くして、ついでに声まで低くして、男子生徒は衝撃的な台詞を口にする。

「あの瞬間、在里くんは飛んで・・・ました――」

次の話

このシリーズは…

狐守の男子高校生と人の姿をとる不思議なキツネたちが織り成す、新感覚あやかしファンタジー!

小説投稿サイトでも全文公開中

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