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森原ヘキイ
小説家志望
2020年から本格的に創作活動を始め、現在までに長編現代ファンタジー3作を含めた計約30万字を執筆。

今はとにかくインプット重視のため、あらゆる分野の書籍や映画に触れて新しい知識を増やすことを最優先にしています。その過程で得た「発見」を自分なりに変換して、文章やレビューなどで皆さんに楽しく「発信」できたらうれしいです。
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クリームソーダとホットココアによる午後の饗宴(短編小説 / 青春)

 

 アイスを失ってしまったクリームソーダに、存在する意味はあるのだろうか。
 藍沢あいざわは、もはや緑色すぎる液体としか呼称できなくなってしまったそれをストローの先で軽く掻き回す。
 数種類のプレートランチが主に女性層に人気を博しているこのカフェ・ダイニングにおいて、そんな少年の姿は少なからず人の目を引いた。客といえば女性か、またはカップルかの二者択一と言っても過言ではない店内に、高校生男子がひとりきりで、しかもクリームソーダとにらめっこをしている姿は、主に女子高生グループを中心に話題をさらっている。

 いささか不機嫌そうな表情に加え、明るい色の髪と少しきつい目つきが近寄りがたさを助長しているが、それを差し引いても興味をひかれるくらいに藍沢の顔立ちは整っていた。本人は注目されていることに気付いていないのか、または注目されることに慣れきっているのか、相変わらず黙々と氷をいじり続けている。ようやくそれが飲み物に対する態度ではないと思い至ったのか、唐突にストローを放り出すと、今度は軽く頬杖をついて窓の外を眺めはじめた。

 暖冬という言葉をいたる所で耳にするのも納得できてしまうほど、今年は雪が少ない。カフェに面した通りを歩く人たちの足取りも軽快だ。クリスマスを数日前に終え、大晦日を数日後に控える慌ただしい時期だということも多少は影響しているのかもしれない。そんな風に考えて、それなら一体自分はなぜ今こんなところにいるのだろうかと、藍沢が眉をひそめた、その時。

「こんにちは。おひとりですか?」

 声を掛けられたのは、まさに不機嫌さが最高潮な瞬間。頭の後ろから囁くように言われた台詞に思わず裏拳で返してしまいそうになり、藍沢は深く息を吐いて自分を落ち着かせる。
 数秒の間をおいてゆっくりと振り返った先には、見知った黒髪の少年の姿があった。ほっそりとした長身の肢体を黒のコートで包んだスタイルが憎らしいほど様になっている。

「こんな可愛い子をひとりで放置するなんて、ひどい彼氏もいるもんだな」
「ああ、本当にな。いい加減頭にきてるから、そろそろ別れようかと思ってたところだ」

 睨むように見上げられ、恐ろしく剣呑な言葉で返されてしまった少年は、苦笑しながら藍沢の向かいに腰をおろした。

「俺が悪かったですゴメンナサイ。お願いだから捨てないで」
「てめぇ、二十分も遅れてきてゴメンで済まそうと思ってやがんのか。大体、捨てるも何もお前を拾った覚えはねぇ」
「照れなくてもいいのに。でも、そういうところも可愛いよ、リラちゃん」
「名前で呼ぶなっつってんだろ!」

 不機嫌さの度合いを一気に増した藍沢に完璧なスマイルで笑い掛けながら、黒髪の少年――穂積ほづみは、目の端でさりげなく腕時計を確認する。藍沢は二十分待ったと言ったが、実際は長針が待ち合わせの時間よりもインデックスを二つほど移動した程度だ。自分の遅刻が二倍に勘定されているのは、恐らく藍沢が約束の時間の十分前にやってきたからだろう。ご丁寧にその分までカウントされてしまったが、そのことについて藍沢と論争する気は全くない。授業は平気でサボるくせに、約束の時間は死んでも守るという変に律儀な藍沢の性格を、穂積は自分でも珍しいほど気に入っていた。

「大体、何でこんなとこで待ち合わせなんだよ。女ばっかりじゃねぇか」

 やはり多少は周囲の状況というものを気にしていたらしい。穂積が現れたことで輪をかけて色めき立った店内の雰囲気を肌で感じ、藍沢はうんざりする。
 穂積は迅速に注文を取りに来たウェイトレスにホットココアと言って返し、そんな藍沢ににっこりと笑い掛けた。

「ここがおいしいと聞いたから、かな」
「何が」
「クリームソーダ」

 自分の前に置いてある緑の飲料を顎の先で指され、藍沢は更に嫌な気持ちになる。行動パターンを見透かされていると思うと、途端に落ち着かなくなった。視線をさまよわせて憮然とする藍沢を楽しそうに見つめると、穂積は左手で頬杖をつき、右手の指先でテーブルを軽く叩いた。

「クリームソーダのアイスだけ食べたいなら最初から素直にバニラアイスを頼めばいいと思うんだけど、藍沢はアイスとメロンソーダが混ざった部分が好きなんだろうと思ったからそこにはあえて突っ込まないでおく」
「うっせー」
「だから、きっとこうなるんじゃないかと思って」

 細くて長い指が緑のグラスにかかり、そのままさらわれていく様子を、藍沢は無言で見送った。一緒に連れ去られたストローが穂積の口元へと移動したことで、ようやくその意図を理解する。

「何やってんだか」
「うん、やっぱりちょっと違うな。いかにも着色料入ってますよって感じじゃないから、これなら飲める」

 そう言って、ストローをくわえたまま上目遣いで笑う穂積を見て、藍沢は大きく息を吐き出す。

「結局お前が飲むんじゃねぇか」
「リラちゃんはメロンソーダはお嫌いでしょう? クリームソーダじゃなくなった途端に気持ちが冷めるなんて全く酷い話だよな。俺も飽きられないように頑張らないと」
「やめろ、頼むから余計なことはするな頑張るな。でもってリラ言うな」

 超合金の金槌で完膚無きまでに釘をさすと、藍沢は溜め息をついて窓のほうへと顔を向ける。ガラスに映り込んだ元クリームソーダの量がみるみるうちに減っていく様子を見つめているうちに、藍沢は自分が何故かほっとしていることに気付いた。
 アイスを失ったクリームソーダにも、ちゃんと存在する意味はあったのか。
 そんなことを真剣に考えていることがおかしくて、藍沢は思わず頬を緩める。と、その瞬間、ガラス越しに穂積と目が合った。藍沢が何を考えているのかなど全部お見通しだと言わんばかりの笑顔に、向上した気分が一気に下降する。

 不機嫌極まりない顔を窓ガラスから背け、勢い良くソファに背をもたせかけると、視界の隅で短いスカートがふわりと揺れた。顔を上げてみれば、そこには満面の笑みを浮かべたウェイトレスが、いままさに穂積の前に白いティーカップを置こうとしている場面だった。だが、穂積は人当たりの良いよそ行きの笑顔でそれを制すと、藍沢のほうへ置くようにとウェイトレスに告げる。そのことに驚いているのはどうやら藍沢ひとりだけのようで、接客のプロはその微笑みを絶やすことなくスマートに任務を終えて立ち去っていった。

「お前が飲むんじゃないのかよ」

 香り高く立ち上る湯気越しに穂積を見やると、そこには相変わらず楽しそうな笑顔があった。決して浅い付き合い方はしていないつもりだが、それでもこの悪友の考えることは藍沢にはよくわからない。

「藍沢、ココアは好きだろう? この店はクリームソーダもうまいけど、それ以上にココアがおいしいらしいんだ」
「だから?」
「だから」

 どうぞ、と優雅な手の動きだけで飲むことを促された藍沢は、片手で乱暴に頬杖をつき、不機嫌さをこれでもかというほど前面に押し出した表情で穂積を睨み付けた。

「俺は、お前のそういう何でもわかってます的な態度が滅茶苦茶気に入らない」
「まぁ、そう言われるだろうとは思ったけど、俺にだってわからないことや予測不可能なことは沢山あるさ。例えば」

 カランと、透き通った音をたててクリームソーダの氷が踊る。その動きに釣られたように、一斉に水面を目指して浮上する小さな泡。

「藍沢が、そのココアをおいしいと思ってくれるのかどうか、とか」

 穂積がウィンクをしても何の嫌味も違和感もないことが、藍沢にはまた腹立だしい。だが、目の前のココアには罪がないことは藍沢にもよくわかっていた。いつまでも意地を張っているのは賢くないと判断し、カップへとその手を伸ばす。

「どう?」
「うまいんじゃねぇの?」

 そう認めざるを得ないほど、そのココアは確かに美味しかった。渋々ながらも快い回答を貰った穂積が、目を細めて微笑む。それがあんまりにも嬉しそうだったから、藍沢は不覚にも、次にこの店に来たときはメロンソーダを飲むのも悪くないかもしれないなどと思ってしまったのだった。

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