今日、魂を拾った。(短編小説 / ミステリー)
今日、魂を拾った。
一見すると、それはただの青いビー玉にしか見えなかったが、その中心に黒字で大きく「魂」と書かれてあったので、そうか、これは魂なのかと納得してポケットの中にしまった。
家に戻り、自室の文机の上に魂を置く。転がってしまわないところを見ると、この机はちゃんと水平なようだ。さすがは年代物。敬意を表し、心の中で「古道具何でも大会」の水平部門最優秀賞を贈る。ぞんざいにあぐらをかき、腕を組んでしばし表彰式の様子を思い描いていると、突如として眩しい光が視界を襲った。
どうやら風に揺れたカーテンの隙間をぬって、夏特有の狂暴さを持つ強い日差しが部屋に入り込んだらしい。状況から見て、ちょうどその斜線軸上にあった魂が、律儀に光を反射して網膜を攻撃してきたということが推察されるわけだが――このタイミングでの、この現象。まるで、不可思議極まりないこの魂という存在を前にしながらも、何故か机のほうを表彰し始めたことに焦れて、魂自ら突っ込みをしてきたようではないか。さすが魂、ナイス魂。
一気に親近感が沸き、人差し指の腹で魂の輪郭をなぞってみる。手触りは、ビー玉とまるで同じものだった。硬質でほのかに冷たい。指先にほんの少し力を加えると、魂という文字を忙しく回転させながら机の果てまで走っていく。あ、落ちた。音も立てず、畳の上でなおも転がり続ける魂を目の端にしながら、さてどうしたものかと首を傾げる。
物珍しさから思わず拾って帰ってしまったが、もし誰かがうっかり落としてしまったものなら、早いうちに返してしまわないと大変なことになるのではないだろうか。なにせ魂だ。下手をしたら、いや上手にしても生き死にに関わってくる。今すぐ交番に届けよう。そう結論づけて腰を浮かしかけるが、その瞬間、重大なことに気付いて再び座り直す。
待て。もしこれで落とし主が現われた場合、お礼は一割という絶対的かつ普遍的な落とし物ルールが問答無用で発動してしまう。魂の一割というのは何だ? 九割だけでも落とし主は平気なのか? いや、そもそもどうやって分割する? そう考えてしまうと、不用意に行動することが恐ろしくなり、動くことがためらわれる。
そのまま試行錯誤の渦に飲み込まれてしばらく経ったころ、ふと聞き慣れた音律が聴覚を刺激した。覚えのあるメロディだが、それだけに何故この時期に聞くことになるのか理解できない。徐々に大きくなってくるその音にとうとう好奇心を抑えきれず、急いで窓から階下を見下ろす。いつもなら焼いた芋を売っているはずのその屋台。だが、その旗に書かれていた文字は――
魂の器売りマス。
少年キット今なら五百円。ポロリもあるよ。
「というのが今からちょうど一年前の出来事であると同時に、お前の誕生秘話でもある。いやー、組み立てるの苦労したんだぞ。接着剤は別売りだったしな」
「長いうえにリアリティまで皆無かよ! 俺という生命をプラモデル感覚で創造されてたまるか!」
「な、何!? そこらへんに転がっていそうなありふれた話じゃないか! なぜ嘘だと思う、どこに疑問を差し挟む余地がある!?」
「最初の一文から既に嘘の匂いしかしないだろうが。何だよ魂を拾うって、大前提として魂は落ちてるもんじゃねぇよ」
「お前のその突っ込み体質は、魂時代から変わってないな。にーちゃん、嬉しいぞ」
「まだ頑張るか! ……ったく、もういいよ付き合ってやるよ。で? 具体的に俺をどうやって作ってくれたんだよ」
「ああ、それはもう大変な作業だったさ。まずは強固に固定されたお前の手や足といった各部位を、鉄の鎖から解き放ち――」
「ランナーの状態からパーツをニッパーで切り取ったんだな? ゲートは少し残して切り出したほうがいいらしいぞ、ちゃんとやったか?」
「次に、ばらばらだった部分をひとつに融合する。この作業には、にーちゃんの粘着的な波動をうまく使った」
「何そのおどろおどろしい言い回し。知ってる? お前、さっき普通に接着剤って言ったぞ。別売りって言ったぞ」
「そして最後に魂印のビー玉を適当に埋め込んだらお前が出来たんだよ」
「そんな慈しむような目をしても、途中で話を作るのが面倒になったの丸わかりだからな。しかも、魂じゃねぇじゃん、ビー玉じゃん。物語として破綻しまくりだがいいのかそれで」
「あーあー、わかってくれとは言わないが! お前を作るのに、にーちゃんがどれだけの時間と労力と血を使ったと思ってるんだ」
「急に歌うのやめろ音痴。大体、せいぜいが難易度の高いプラモデルを作る程度のことでそんな大げさな」
「何を言う。血を出したのは本当のことさ。死ぬんじゃないかと思うくらい大量にね。主に鼻から」
「そのまま死ね!! 人の制作過程で、なんてところからなんてもの出してんだ!」
「大丈夫大丈夫。地球に優しいにーちゃんは、その血の一滴までも無駄にしなかったさ。ちゃんと丹念にお前の体に塗り込めておいた」
「どこに……いや、この話は広げねぇぞ。断固として無視するからなって何だその清々しい表情っ! やり切った感を出すな腹立つ!!」
「まぁ、そういうことだ。お前はにーちゃんの汗と鼻血と気紛れの結晶なんだから、これからも自分を大事にするんだぞ」
「ごめんなさい。今ので一気に死にたくなりました」
「それで、お前は結局この話を信じたのかい?」
今の今まで馬鹿話に花を咲かせていたとは思えないほど調子の違う声。そして、皮肉げに笑う顔。この兄貴は、たまにこんな姿を俺に見せてくる。しかも、いつも突然に。毎度のこととはいえ、まだそのことに慣れない俺は、ほんの少しだけ緊張しながら言葉を選び、僅かな溜め息と共に吐き出す。
「……信じないくらいには、真っ当な考え方をしているつもりだけど」
「そうか」
それが兄貴にとって満足のいく答えだったのか、そうでなかったのか。貼り付けたような嘘くさい笑みからは、心情を察することなどできやしない。
「お前が思っているほど、嘘ばかりという訳ではないんだけどね」
そんな兄貴の言葉を、不本意ながらも俺が理解することになったのは、その数日後――。
今日、魂を拾った。